不登校のこどものゲームとの付き合い方を「切実に」知りたい人の記事

子育ての悩みを共有し、不登校の対応、親子関係、人間関係全般の問題の解決方法を探ります。

不登校児のゲームとの付き合い方をどうしても知りたい!どうしても解決したい!と思っている人必見の記事です。

不登校のこどもとゲーム

不登校のこどもに関わらず、ゲームとのお付き合いは親をいつでも悩ませます

ここでは、一般的に言われているような「不登校の子からゲームを取り上げないで」という優しいことは言うつもりはありません。

ゲームしているときのこどもは、親よりもリアルの友達よりも人生の何よりもゲームのほうが大切になりますし、こどもにとって、学校よりもゲームのほうが楽しくなってきます。

なぜなら、ゲームは、そのように人を夢中にさせるように作られているからです。

ゲームは、こども時代に最も貴重なものを差し出すことになります。

大人が類似の物事で奪われるのは主にお金ですが、こどもがゲームから奪われるのは、二度と戻らない時間です。

 

ゲーム市場が狙うのはこどもの「夢中になる力」

こどもはなぜゲームをするのでしょうか?

一昔前は、こどもがテレビをずっと見て困る、という悩みでした。

昔はテレビ依存→今はゲーム依存になっているだけで、基本、こどもは常に何かに夢中になります。

これはこどもが悪いとか、親の監督責任とかではなく、社会全体がこどもの集中力や物事に夢中になる性質をゲームに向けさせることで、社会全体に大きな経済効果が出る」ことを知っていて、社会全体がそれを容認しているからです。

こどもの一人一人の時間と引き換えに、ゲーム会社は巨大な利益を上げ、経済が活性化し、いくつもの会社が多大な恩恵を受けているので、一人一人のこどもや家庭がその社会の仕組みに抵抗することは非常に難しいでしょう。

いろいろな意見はあるでしょうが、こどもの不登校の裏に、社会全体で「こどものゲーム依存を経済活動のために容認する」という明確な意図があります。

そして、一定数のこどもがその意図のために学校に行く気を無くし、不登校に陥るという負の部分の責任を取らされている、ということになります。

ゲーム依存が不登校に大きな影響を与えている、というのはいくら否定しても否定しようのない事実でもあります。

現実>ゲームの世界になっていますか?

大人にとっては、ゲームの世界よりも現実のほうが大切に決まっています。

仕事の人間関係、経済的独立、家庭内の役割、地域社会での役割など、社会に確固たる足場があり、「地に足を着けて生きる」ことが必要です。

ところが、こどもの場合、ゲームに匹敵できる現実の足場が「学校」しかない場合が多くなります。

そして、唯一の足場である学校で躓くと、一気に人生の比重がゲームに傾いてしまいます。実際ゲームはそれぐらい強烈なインパクトと楽しみをもたらしてくれるので、そうなると、こどもはゲームの世界に飲み込まれてしまい、そこから抜け出すのが難しくなります。

「ゲーム命」から抜け出すには

いろんな場所で、「ゲームを取り上げないで」「禁止や制限をしたら逆効果」という話が聞かれますが、依存だと思ったら、たとえ禁断症状が出てもそれを断ち切る勇気が必要ではないでしょうか?

明らかに違法で、明らかに体に害があるものに対して、人はそれを「禁止せず上手に付き合って」「それがその人の生きがいなのよ」とは言いません。

それなのになぜ、ゲーム命だけは「ゲームはしてもいいよ、いくらでもさせてあげて」「ゲームだけが彼の味方なのだから」と言ったりするのでしょうか?

結局は大人の選択にかかっている

たとえば、不登校になって一日中ゲームをしている状態は、こどもはかなり不利益を被っています。

一度は思い切って断ち切り、そこでどんなに苦しんでもそこを抜け出すまでは禁止する、という姿勢は、親や愛情がある人にしかできません。

まずは一週間、一か月なり、ともかく禁止する!!!そこでどんなに暴れようとどうしようと、ダメなものはダメ!と強く出ても構わないです。

そもそも世の中全体が、「ゲームのような巨大市場のためには、ちっぽけな個々の家庭の問題など構ってられないという姿勢でじゃんじゃんバリバリこどもたちをゲームに没頭させ、利益を上げ続けているのを容認しているのですから、各家庭で防御策を講じてその波に飲み込まれないようにするしかないです。

あとは各家庭の価値観で、

社会の大多数の利益のために我が子の貴重な時間を一方的に捧げ続け、不利益を受けさせ続ける

のか

社会の利益よりも自分のこどもの利益を優先するために、ゲーム依存を断ち切る

か、どちらかを各家庭が選択するしかありません

もしこどもに愛情があるなら、「社会の大多数の経済的利益のために我が子をゲーム依存させたままにして一方的に時間を捧げさせ続ける」という選択にはならないと思います。

 

まとめ

子育てをしている家庭はみなさんご存知と思いますが、子育ては修行と言えるほど大変なことが多いです。

ゲームはその子育てを、めちゃくちゃ楽にしてくれます。

ゲームは子守りをしてくれ、ゲームをさせておけばこどもはずっと座ってじっとしていられますし、手間もかかりません。

親世代は、こどもにゲームをさせて時間的な余裕を作ったり、楽をしている部分が大いにあります。

その楽になったぶんだけ、こどもはゲームとの絆を深め、それがエスカレートした状態が「ゲーム命状態」です。

もし今現在、こどもにとって親よりも学校よりもゲームのほうが大事なのであれば、それは親自身が、「こどもと向き合う時間や手間暇をかける時間よりも、自分が楽をすることを優先した」結果である、と考えてください。

ちなみに、それが実際に「楽をした結果」であると断定しているわけではありません。

そういう風に考えてみてください、というだけです。

幼少期からゲームを与え、こどもにゲームに夢中にさせている時間=こどものゲームへの依存度

である、と自覚を持っていただけると幸いです。

こどもの時間をこども自身の手に取り戻させ、ゲームに人生を捧げるのではなく自分自身の人生を歩ませることができるのは、親の労力と決意が必要です。

そのためになら親は何でもできるはずです。

一度正面から、「こどものゲーム命の状態」と向きあい、不退転の決意をもってこどもをその状態から脱せさせるよう全力で取り組んでみてください。

連鎖は必ず断ち切れます

そうすればようやく、こどもは自分の人生の時間を時分の手に取り戻すことができるようになります。

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