そもそも学校って何?④客観的評価を個人に当てはめる場所

こんにちは!「不登校のこどもを持つ親のための塾」の見守り隊、ごまちゃんです。今回は「学校とは何か」シリーズ第四弾で、学校の最も大切な役割である「客観的評価を下す場所」についてお伝えします。

母親代表のりゅうかです。よろしくお願いします。

唐突に思われるかも知れませんが、りゅうかさんにとってお子さんとはどんな存在ですか?

そそそそれはまた深遠な質問ですね・・・
わたしにとってのこどもは「唯一無二の宝物」です。大事な仲間だし、生きがいでもあります。

そうですよね、親御さんはみなさんそう思われているはずです。で、学校はどうでしょう?学校は生徒一人一人を唯一無二の存在と思っているでしょうか?

それは物理的に無理な話か、と。そもそも何年間かだけのお付き合いだし・・・・・・

今回は、学校の最も大切な「各個人を客観的に評価する場所」という役割と、その場所から逃げたがるこどもたちの心理をお伝えします。

※このサイトではグーグル広告のポリシーにあるように、自閉症スペクトラムや発達障害などのメンタルヘルス的なことは扱いません。すべて一般論として記事を作成しています。

▼このブログに初めて来られたかたへ。このサイトで何を伝えたいか、下の記事で要約してあります。

ブログ村から来られた方々へ。下書き段階の未完成記事がPIN送信されている場合がありますのでお気を付けくださいませ。

親塾~学校とは何か①客観的評価を付けられるこどもたち

学校の最も重要な役割として「こどもに客観的評価を付ける」こと、が挙げられます。

〇同世代間の学業の評価をする場所

〇大人が子供に対して同世代間の協調性、目標を達成する際の姿勢を評価する場所

○同世代が互いに互いを評価し合う場所

これらの目的を達成するのが、「学校」です。

家庭の中では、「唯一無二の存在」として家族から扱われている場所と学校では、この点で最も大きな違いがあります。

「掛け替えのない存在」から「大勢の中で客観的に評価される存在」の立ち位置の変化は、こどもにものすごい大きな心理的圧力を加えてしまいます。

確かに「王様」「女王様」から「一般庶民」並みの変化ですね・・・家庭しか知らないこどもにとっては戸惑うのが当たり前でしょう。

一方で、「自分と同じような人間がこの世にたくさんいる」というのは、また素晴らしい発見でもあるのです。こどもたちは好奇心の塊ですからね!
ただ、この「好奇心」を妨げるものを与えられてしまうと、こどもたちは「客観的評価を与えられるのを恐れて学校へ行くのを嫌がる」ことにも繋がってしまうのです。

▼こちらの記事ではこどもの「学校に対して誤った認識を持っている両親」から受ける影響を解説しています。

 

親塾~学校とは何か②どうして個人を客観的評価に晒す必要があるのか

学校は、極端な言い方をすると、人を一列に並べてありのままの姿にして、互いに評価を与え合う場所です。

ではどうして、わたしたちは、こどもを「唯一無二の王様」になれる家庭から「評価される場所」である学校に行かせる必要があるのでしょうか?

ここで、シンプルに言い切ってしまうと、

社会の維持と発展のために、個人を客観的に評価し振り分けることが必要だからです。

〇みんなが王様で居られると、社会構造的に統制が取れない

〇人類の存続のためには、ピラミッド型に人を分類し、少数が社会を動かし、大多数が社会の仕組みの中で奉仕する状態を作る

ほうが効率がいいからです。

文明が生まれて3000年、社会構造は常に「少数の貴族」と大多数の庶民で形成されています。現代もその構造は変わりません。

支配者が多すぎると、争いごとが増え、人類の種の存続さえ危うくなってしまいます。

ことわざにも「船頭多くして船山に登る」という言葉があります。上に立つ側が多すぎると大変なことになってしまいます。

学校は個人を客観的に評価して、「社会構造を維持する」メンバーを育てるためにあるんですね。

社会はそれ自体が意志を持って、個人をからめとって最適な場所に配置しようとしています。
「最適な位置に人間を配置するために子供たちを評価する」ために学校が役立てられています。

▼こちらの記事では、「スクールカースト」と「自分探し」に苦しめられるこどもたちについて解説しています。

 

親塾~学校とは何か③「王様」から「評価対象」の移行がスムーズにいくには「好奇心」が必要

家庭内ではこどもたちはみな「王様」であり「女王様」です。そんな唯一無二の存在から学校での「他人の評価にさらされる存在」に馴染むにはどうしたらいいでしょうか。

もっともスムーズにいくのは、「同世代間で一緒に経験する刺激の面白さ」に馴染むことです。

友達との会話、遊びの楽しさ、知らないことを知っていくこと、自分と他人との違いなどを知れば、いつも新鮮で、わくわくし、刺激をたくさん受けられて、立ち位置の急激な変化など吹っ飛んでしまいます。

ところが、この種の「好奇心」を阻むものがあると、「学校」よりも「王様でいられる家庭」に回帰したい、と思うようになってしまいます。

この種の願望は、さまざまな要因から引き起こされます。

以下の章で詳しく説明していきます。

小学校時代、中学校時代は刺激に満ちていて、大人になっても夢に出てきます。それぐらい印象深く手、好奇心を満たしてくれる場所だったのでしょうね。

でも、その「好奇心」が妨げられた場合、「王様」から「一般庶民」への転落に似た環境の変化は、耐えられないものとなってしまいます。

どうして「好奇心」がさまたげられてしまうのでしょうか?

これは、両親の無意識の願望が、こどもの行動に出てきてしまうことがあるので要注意です。耳の痛いこともあるかも知れませんが、聞いてください。

親塾~学校とは何か③親から受け取っている好奇心を「帳消し」にするメッセージ

ものすごくわかりやすい例の一つを挙げます。

「あそこのこどもとは遊んではいけません」「あそこのこどもは要注意」といった、両親特に母親が、人と人との間に壁を作っている場合があります。

母親が人に対して壁を作ってしまうと、こどもも社会に対して壁を作ってしまい、人と馴染みにくくなり、好奇心を妨げられてしまう場合があります。

さらに、母親が「自分は人に評価されるような人間ではない」的な、ある種のプライドを持ちすぎていると、こどもも「学校みたいなところに行く必要は無い」という思考に陥ってしまう可能性があります。

もちろん、不登校児のこどもの母親が全員そうである、と断定しているのではなく、そういう傾向にあるのかも知れない、と自分を少し疑う目で見てみてください、ということです。

こどもは、親の言葉は聞きません。

こどもが見ているのは親の本音の、無意識の部分です。

メンタルヘルス的な疾患を抱えているのではない限り、すべてのこどもは好奇心の塊のはずです。

見るもの聞くものがすべて珍しく、毎朝起きて学校に行くのは面倒だけど、友達に会える、一緒に遊べる、一緒に虫取りをしたり知らないことを学習できる、というような好奇心は必ずあるはずです。

本来外に出て遊びたいこどもが、家の中に閉じこもっているのは、こどもの「好奇心」が何か大きなものに押しつぶされていると見ていいでしょう。

そして、その好奇心を押しつぶしているものは、こどもに最も大きな影響を与えている親、とくに母親である可能性が高い、と言うことです。

この記事でものすごい反発を感じる人がいたとすれば特に、母親がこどもの好奇心を押しつぶしている要素を持っている可能性が高いです。

※もちろん、いじめなどの外的な要因で学校に行かれない場合は除きます。

〇他人に対して壁を作っていないか

〇学校や社会構成そのものを見下したり、無駄なものと思っていないか

〇外の世界に対して、過度な恐れや警戒心を持っていないか

〇学校や教師に対して、「我が子に対して客観的評価を下す資格がない」と決めつけていないか

など、こどもの好奇心を妨げる心的要因を、保護者自身が取り除く必要がある場合があります。

皆さんに少しでもお役に立つ情報が提供できるよう定期的に更新していきます。

にほんブログ村 子育てブログへ
にほんブログ村

不登校

Posted by admin