不登校の原因になる「生きづらさ」とは何かを知りたいとき読む記事

※このサイトではグーグル広告のポリシーにあるように、自閉症スペクトラムや発達障害などのメンタルヘルス的なことは扱いません。すべて一般論として記事を作成しています。 ※反発を感じられたり、怒りを感じられる人もいると思います。そんな場合は、「そんな話もあるんだろうか」ぐらいに受け止めてください。 ブログ村から来られた方々へ。下書き段階の未完成記事がPIN送信されている場合がありますのでお気を付けくださいませ。 Contents1 「生きづらさ」=「自分は無価値なんではないか」という恐れ2 「自分は無価値である」という評価の根源3 キレイゴト抜きで、「価値がある」って何?4 「みんなが一等」「みんなが主役」の教育の弊害5 まとめ 「生きづらさ」=「自分は無価値なんではないか」という恐れ いきなり結論です。 生きづらい、ということは、そのまま「自分には価値が無い」と思っていることの表れです。 ものすごく端的に言ってしまうと、 「価値のありそうな人ばかり見せられている現状」に、こどもが押しつぶされているからです。 現代は、普通の人を置き去りにして相対的価値観を強調する社会になっているので、普通に大人が生きていても「生きづらさ」を感じてしまいます。 こどもなら猶更です。とくに、中学生以降は。   ▼本心とは違う言葉をかけられ続けるこどもは身動きが取れなくなります。「ダブルバインド」とは? 「自分は無価値である」という評価の根源 結論から言うと、「無価値」である、と思う反対に「価値がある」人がこの世に存在する、とこどもが気付いている、いうことです。 こどもがそう思い込んでいる、ということは、そのまま「親がそう思っている可能性が高い」ということでもあります。 なぜなら、高校生ぐらいまでのこどもは、親の考えをそのまま受け入れるのが常だからです。 ここで、親は、「生きてる価値があるとはどういうこと?」と自分に問いかけてみてください。 どういう価値基準でいけば、自分には価値が無くて○○さんには価値がある、と思えるようになるのか、その価値観を無意識のうちにこどもに伝達していないかを振り返ってみましょう。 キレイゴト抜きで、「価値がある」って何? こちらは少し違う角度から述べます。 なぜわたしたちは、テレビで自分の人生とはまったく関係のない美男美女を見てうっとりしたり褒めたり、素晴らしいと称賛するのでしょう? なぜ野球放送を見て、素晴らしいプレーに拍手を送ったり、オリンピックを見て感動するのでしょう? わたしたちはまったく無意識のうちに、自分より素晴らしいもの、きれいなもの、美しいものを称賛する気持ちを持っています。 だからこそ美術品を見て感動したり、映画を見て涙を流したりできます。 そういうものを見て、「自分の人生をより良くしよう」と思う原動力にしたりすることは全然悪くありません。 優れたもの、素晴らしいものに触れて感動したり、つい比較し、価値を認めるのは、本当に当たり前のことです。 そういう価値観があるからこそ人は努力する気にもなるし、努力して素晴らしい成果を残した人を見て素直に称賛することができます。 ▼母親は実は、不登校のこどもに対してこれだけやっておけばいいのです。希少で貴重な意見! 「みんなが一等」「みんなが主役」の教育の弊害 これは、現代のこどもの「無価値観」を植え付けている最も悪しき教育だと思われます。 今のこどもは、管理人世代がこどもだったころと比べて一つだけ大きく違った教育を受けています。 それが表題の「みんなが一等」「みんなが主役」の劇だったり、運動会だったりするものに代表される「平等こそ正義」の教育です。 〇運動会で、一等もビリもみんな一緒にして行進する。 〇学習発表会で、みんなが順番に主役のセリフを言って、何が何やらわからなくさせる これを見るたびに、「ああ、現在不登校が増えたのはこのせいだ」と暗澹たる気持ちになってしまいます。 つまり、「価値のあるもの、ないものも全部一緒くたにして、評価することそのものを罪悪視する」教育のこの傾向が諸悪の根源です。 なぜかけっこ一等賞を称賛しないのですか?素直に凄い、と言ってあげられないのですか? なぜ、クラス一かわいい子や、劇の主役をするのにふさわしいこどものことを素直に称賛してあげられないのですか? おそらく、「なぜうちの子が脇役なんですか!?」「かけっこ遅いのを晒しものにして…差別です!!」とねじ込む父兄に気を使って、「みんなが一等、みんなが主役」と植え付けているのでしょう。 でも、世の中には、必ず価値判断が付いて回ります。 自分より優れた人間はゴロゴロいて、自分が普通であることは、別になーんにも恥ずかしいことでも悪いことでもありません。 それを、幼稚園のころから「人より優れてはいけない」「人より劣ってはいけない」という罪悪感を植え付け、その上に、「みんな凄いのよー」と偽りの価値観を植え付けられるこどもの身にもなってあげてください。 そんな教育を受けたこどもが、中学生になって本格的に人の評価に晒されまくる環境に置かれると、自分には価値がないとパニックに陥るのは当然です。 まとめ 〇生きづらさ=「自分は無価値である」という自己評価 〇生きづらさは親の価値観を受け継いでいる可能性がある 〇より優れたもの、よりきれいなものを称賛するのは素直な感情 〇それなのに「みんな一等、みんな主役」の教育を受けたこどもが中学に入って本格的な競争に放り込まれるとパニックになるのは当たり前です 不登校のこどもが生きづらさを感じているとすれば、そのような「人を評価したり、自分が評価されることに対しての罪悪感」を植え付ける教育にあります。 … Continue reading 不登校の原因になる「生きづらさ」とは何かを知りたいとき読む記事