不登校になる原因の「奪われる感覚」と「うんざり感」を知る記事

こんにちは!親塾へようこそ。ここでは、不登校についての知識を増やし、「なるほどなあ」と思ってもらえる情報を(ほぼ)毎日お送りしています。

今回は「不登校のこどもは何が不安なのか」を知り、解決法を探る記事です。

小学生のころはとても快活で優等生なこどもでした。でも今は、いつも不安そうな顔をしています。何が不安で学校に行けないのか、どうしたらその不安を取り除いてあげられるのか知りたいです!

不安というのは「影」に似ています。実態が無いのでどうってことないのですが、実態が無い分、虚像が大きく膨れ上がってしまうのです。

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自分の何かが奪われる感覚

いきなり結論です。

不登校のこどもは何が不安だといって、「親、先生、友達、接する人すべてが自分から徹底的に奪う一方である」と考えてしまうので、人に会うことを極端に嫌がります。

自分から奪われる(と、こどもが考える)ものとして、主なものは以下の通り。

①自分の有する時間を奪われる。学校に行く時間だけでもかなり苦痛。ゲームをしたり楽しんだり、ゆったりする時間が無くなってしまう。

②自分の今現在の労力を奪っていく。友達に合わせたり、親や先生に合わせたり、人の都合に振り回される感覚が恐ろしい

③自分の未来を奪っていく。これからずっと学校に行ったり、仕事に行ったり、嫌なことをずっとやらなければいけない道が続いていること

この感覚は大人でもおなじみのものです。

管理人も、これから死ぬまでご飯を作って洗い物をし続けなければならないこと、死ぬまで洗濯をして干してまた洗濯をするという繰り返しが、たまに恐ろしくなることがあります。

会社員のお父さんは、定年までこの仕事がこれからずっと続くと思うと、ぞっとすることもあるでしょう。

大人は、これからずっと続く道を見て見ぬふりをしたり、適当に気を逸らすことができますが、こどもはそうはいきません。

これからもずっと周囲にいろいろなものを奪われ続けるのか、という不安と恐怖で、一歩も動けなくなっているのです。

学生時代のあの、お盆が終わったころに夏休みが終わるという感覚を思い出してください。もの哀しかったでしょう。あの感覚のもっと強い感じで、不登校のこどもは「これからずっと続く灰色の道」に戻る気力を無くしているのです。

実際のところ、「これから死ぬまでこの作業にずっと縛られ続ける」ということをまともに考えるのは辛いので、いつも気を紛らわせている部分もありますよね。

こどもは「気を紛らわせる」ということが苦手です。大人のように人生経験がないので、意識を逸らせることがなかなかできないのです。

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うんざりする感覚

こどもが考えていることは、すべて大人の思考のひな型です。

大人自身が、「こんな生活がずっと続くのか」といううんざりした気持ちを持つことも少なくありませんし、こういうことを全く感じない大人もいないでしょう。

この「うんざりする」感覚と言うのは、こどものころもうっすらと感じていたはずです。

日曜日の夜サザエさんを見たあとの、終わりの歌を聴くとき。明日からまた学校で一週間が始まるのか・・・というしんどさ。

夏休みの終わりの虚しさ。

好きな漫画の連載が終わったときや、これからずっと仲良くしようと思っていた友達が転校することが決まった時など、物悲しいきもち。

この手の「うんざりする」気持ちは、こどもは大人の何倍も鮮明に感じています。

奪われる感覚と、うんざりする気持ちがダブルパンチになって、心に重くのしかかってくる感覚が、こどもを動けなくしていきます。

学校に行ったら、また時間を奪われ労力を奪われるのか・・・

これからまた一週間も縛られないと日曜日が来ないのか・・・思うようにならない日々が続くのか…

大人は、適度に「お給料がもらえる」というご褒美もあるのですが、こどもにはそういうわかりやすいご褒美もありません。

まったく面白みのない、奪われる一方の道が延々と続いている、と考えると、こどもでなくても動くのが嫌になってきますよね。

そして、大人が間違いがちなのは、

忍耐

を駆使してそれらのうんざりさ加減を乗り越える、という点です。

我慢が足りない、甘えている、みんな頑張っている、というアドバイズで追い詰めていくと、「奪われる」感覚と「うんざりさ」も倍増です。

ここで重要なのが、大人がよく知っている「気の紛らわし方」や「諦め」に近い、物事を受け入れる姿勢です。

実は、世の中に生きている人は一人の例外もなく、この「諦め」や「毎日が続いていくことのうんざりさ」を感じつつ生きています。生きているということそのものが。しんどいことの連続です。この感覚はお金持ちかどうかとか、若いとか年とか、そんなものも関係なく襲ってきます。

でもね、そんななか、ほんとにごくたまに、「あー生きててよかったなあ~」としみじみ思うような嬉しいこともあるんですよね、だから生きていかれるんです。

▼こどもは何を恐れているのかを知りたいとき

「奪われる感覚」と「うんざり感」も人生の一部

人間は基本、「快楽」を求める生き物です。

でも、常に快楽を感じていると、何が幸せで何が不幸かもわからなくなってしまいます。

逆説的ですが、奪われ感やうんざりすることを感じるからこそ、「幸福」も感じることができます。

こういう感覚は、習い事や勉強などに打ち込んで、長い間下積みをしていて、ようやく成果が出始めたり、目標を達成したときなどに感じる、あのものすごい幸福感を経験したことがある人ならわかります。

下積みが長ければ長いほど、

苦労が長ければ長いほど、嬉しい。

下積みや苦労が、幸福を感じさせる主な媒体になっているのです。

苦しいと感じる時間が幸福を何倍にも感じさせてくれる、ということを大人は実感として知っているから、ある程度の苦しみも受け入れることができます。

かといって、今現在不登校になっているこどもに大人の人生経験から感じたこういう経験を教えるのは難しい。

ということはやはり、大人は自分の人生をしっかり生きて、こういう経験のエキスをこどもに無言で伝えていくしかありません。

この種の経験は言葉で言ってもなかなか伝わりません。日常から親が態度で示し続けていくしかないです。結局、「親が常に自分の感情を受け入れしっかりと生きていく」ということが、こどもの不安やうんざり感を克服する唯一の対処法です。

自分の人生をしっかり生きていくことでこどもも生きやすくなる、ということですね!

まとめ

人と接すると自分の何かが奪われる感覚がする

・夏休みが終わるころのような物悲しい、うんざりする感覚がある

・そのような感覚で生きることが不安になり動けなくなると不登校になったりする。そこを乗り越えるには、大人が「そういう感覚も人生の一部であり、幸福を感じるカギにもなってくる」ということを態度で示していくこと

大人が自分が感じている感情を丁寧に拾いつつ、自分の人生を受け入れ、幸福を感じるカギとしているのを見て、こども自身が「こういうのも悪くない」と思ってくれるようになるのを気長に待ちましょう。

皆さんに少しでもお役に立つ情報が提供できるよう定期的に更新していきます。

ここに書いている記事は、すべて管理人が確信を持っていることです。もしよかったらご意見ご感想をお寄せください。

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Posted by admin