こどもが「生きていたくない」ということを言ったときによむ記事

8月 6, 2019

こんにちは!親塾へようこそ。ここでは、不登校や子育てについての知識を増やし、「なるほどなあ」と思ってもらえる情報を(ほぼ)毎日お送りしています。

今回はこどもが「生きていたくない」といったことを言ったときに読む記事です。

この言葉を聞くのは、親としてかなり辛いですね・・・

こどもがこのようなことを言ったとき、親はどのようなことを考え、どう反応するのか、参考にしていただくと幸いです。

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「生きていたくない」となぜ言うの?

いきなり結論です。

こどもが「生きていたくない」と言って来たということは、まだ親とこどもの絆は保たれています。

そういう深刻なことを親に言えるということは、こどもは親を信頼しているからです。

一方で、かなりの確率で、「自分の親を見たり周囲の大人を見て、希望が見いだせなくなっている」とということです。

ここは素直に、もしかして、わたしを見て生きていくのがつまらない、て思ったのかな、と振り返ってみてください。

ここで注意すべきなのは、表面上ものすごく熱中し、なにかに打ち込んで充実しているようでも、こどもは、本質を鋭く見抜きます。

こどもは、何にも隠し立てはできません。

こどもの言葉は、常に自分自身の本音あるいは自分の言葉と思って受け入れましょう。

こどもが「生きていたくない」と言ったとしたら、それは、親自身が生きていたくないと思っている、ということです。

こどもが自分の代わりに何かの感情を背負っているんですかね・・・

親とこどもはよく、お互いに抱いている感情を自分のものとして表現することがあります。絆が保たれているからこそ、こどもが親の代わりに何かを言ったり、親がこどもに代わって何かの感情を抱えたりするのです。

▼不登校のきっかけとなる「奪われる」「うんざりする」という感覚はどこから来るのか、

こどもの言葉に違和感を感じるとき

こどもの言葉に違和感を感じる場合、それはこどもの本音、というよりも、家族のだれか、あるいは身近な誰かの感情を拾って表現していることがほとんどです。

少しオカルトチックに聞こえるかも知れませんが、感情というものはみんなで共有する潜在意識を通じて四方八方に通路が広がっています。

「感情」は潜在意識の通路から圧倒的な力で出口を求めてやってきます。

例えば母親が何かの感情を抑圧していると、その抑圧された感情は内圧に耐え切れず、一番身近なこどもや家族に襲い掛かります。

すると、本来若く生き生きした年代であるこどもが急に得体の知れない虚無感に襲われ、「なんか生きていたくない」といったことをつい口走ってしまう、ということになってしまいます。

これは逆も同じで、いつも充実しているのに、不意に「逃げ出したい」「ここに居たくない」というような焦りや辛さを感じる場合も、親がこどもの感情を拾っている可能性があります。

人間関係でややこしいのは、最も近しい、絆の深い同士であればあるほど、お互いに抑圧した感情を拾い合って、不意に得体の知れない感情の激流に飲み込まれてしまうことがある、ということです。

つまり、

自分のものではない感情にいきなり乗っ取られる

ということです。

もしこどもが違和感のあることを言ったり、自分には馴染みのない感情に襲われた場合、「この感情はいったいどこから来たのか」と少し考えてみてください。

こちらも少しオカルトチックになりますが、例えば道路を歩いていていきなり気分が悪くなったりしたら、後で直前に交通事故が起きていた場所だった、というようなことも少し似た原理です。
親子であれば、こんな事例の比ではない感情の交流が行われていて、常に人の感情を自分のものとして受け止めている可能性を頭に入れておいてください。

こどもが急に何か妙なことを言ったら、まず親の自分の心の中を点検して、抑圧してなかったかどうかを確認しろ、ということですね。

極端な例かも知れませんが、「良いお母さん」と「荒れたこども」がときどきセットになることがあります。
お母さんが感情を抑圧しまくっていて、抑圧されたぶんがこどもに全部行ってしまいこどもから発散される、ということが起こりがちになるのです。

▼「良いお母さんが危ない」ということを違う角度から述べた記事はコチラ。

人の感情を拾うのは優しく敏感なこどもが多い

人はときどき、自分でも理解しがたいほどの激情の渦に巻き込まれることがあります。

そういうときはたいてい、身近な人や、その土地や空間にある誰かの激情を拾っている可能性が高いです。

特に、家庭内で他人の感情を拾うのは敏感で優しいこどもの役割になることがよくあります。

無責任な大人は、激情を抑圧して知らんぷりをし、それを家庭内空間に大放出してこどもに拾わせつつ、自分は良い母親のままでいようとする、という意味で「良い母親は危ない」と言えます。

そして、もう一つ、人間は疲れていたり体調が悪い場合、どうしても感情が不快の方向に振れがちになります。「機嫌が悪くなる」ということです。

この「疲れ」というのは、精神的にも肉体的にも実は、疲れないようにする、というのは物理的に不可能なのが辛いところです。

一つだけ最も有効な疲れを取る方法は、日常的に起きる小さな楽しみを「継続」することでかなり軽減できます。

単発の楽しみでは効力が知れていますが、何かを「継続する」のは効果が指数関数的に膨れ上がる優れた効能を持ちます。

一日一回同じ時間に深呼吸する、一日一回朝日を「食べる」でも、ヨガのポーズでも、続けていけばそれだけで生きていく張り合いができるので、試して見てください。

まとめ

大人はみんな知っていると思いますが、生きていることはそれだけで重荷を背負って歩くことと同じです。

重い荷物で坂を上って歩いて、ほんの時たま、素晴らしい景色に出会って喜ぶ、これの繰り返しです。

しかも、その喜びは、

これがあるから生きていかれる

と思えるほどに強烈で、苦しい坂道を荷物をしょったまま、また立ち上がって歩いて行かれます。

大人は知っているそのご褒美に、まだこどもは出会ったことがありません。

それは大人になってからのお楽しみだよ、と言ってあげるのもいいし、「お母さんは今はつまらなそうに見えるかもだけど、そんな喜びが何度かあったからこうして生きていかれるんだよ」と伝えてもいいです。

生きていくことそのものは苦しいことの連続でも、ほんの時たま、それらを圧倒的に癒してくれる喜びに出会える、その実感をこどもに伝えてあげてっください。

大人とこどもで一番差があるのは、この「経験値」の差です。大人は、ものすごいご褒美がほんのときたま訪れることを知っていますが、こどもはそれを知りません。

「生きていたくない」とこどもに言われたら辛いけど、生きていれば今までの苦労がいっぺんに吹き飛ぶような喜びがあるからまた生きていかれる、ていうことをこどもに知ってほしいですよね。

皆さんに少しでもお役に立つ情報が提供できるよう定期的に更新していきます。

ここに書いている記事は、すべて管理人が確信を持っていることです。もしよかったらご意見ご感想をお寄せください。

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Posted by admin