毒親~こどもの心を操るために他人を利用する効果とその後遺症を知る記事

8月 6, 2019

こんにちは!親塾へようこそ。ここでは、不登校や子育てについての知識を増やし、「なるほどなあ」と思ってもらえる情報を(ほぼ)毎日お送りしています。

今回は毒親シリーズで、「他人」を利用してこどものふるまいを改めさせるとき、こどもに残る後遺症の記事です。

「他人」を利用する?子育てで「他人を利用」というのはどういうやり方ですか?

では説明します!

※このサイトではグーグル広告のポリシーにあるように、自閉症スペクトラムや発達障害などのメンタルヘルス的なことは扱いません。すべて一般論として記事を作成しています。

※反発を感じられたり、怒りを感じられる人もいると思います。そんな場合は、「そんな話もあるんだろうか」ぐらいに受け止めてください。

このサイトに初めて来られた方は、こちらをご覧ください。このサイトで何を伝えたいか要約してあります。

ブログ村から来られた方々へ。下書き段階の未完成記事がPIN送信されている場合がありますのでお気を付けくださいませ。

こちらの記事はここ7日のアクセスランキング一位の人気記事です。

そんなことをしたらおまわりさん(その他)の人に怒られるよ!

いきなり結論です。

こどもが幼いころから、「おまわりさん」「あのおばさん」「○○先生」という他人を引き合いに出し、「怒られて牢屋に入れられるよ」「捕まるよ」「怒鳴られるよ」などと言い続けている親は、「毒親」です。

幼児のころは、こどもはまだ人間になりきっていないので、外出先でも家の中でもいろんなことをやらかし、母親はいつもそのこどもを「叱る」役割を担わなければなりません。

これは、子育てを経験した母親ならよく知っています。

一日中幼い子供と一緒にいる、ということは「人間としてのふるまい」を一から教えるという気の遠くなるような労力と叱責を繰り返さないといけません。

こどもを四六時中叱っている自分の顔が「鬼」になっているだろーな、とものすごい疲労感に襲われることもしばしばです。

そこでついつい、

おまわりさんが来て連れて行ってしまうよ

となりのおばさんに怒られるよ

ほら、あの人(隣に座っているだけの人)が怒ってる!だからやめなさい!

と、罪もないおまわりさんや隣のおばさん、通りすがりの他人を悪者にして、こどもを押さえつけさせる、という手法に頼ってしまうようになります。

自分が責任を持って叱るのが嫌で億劫だから、罪もないお巡りさんや通りすがりのおばさんに悪者になってもらう、というやり方でこどもを教育させることは、後でものすごい結果を招いてきます。

ついつい無意識に、赤の他人に悪者になってもらいこどものふるまいを正させる、という光景があちこちで見られます。

そういえば、電車でとなりに座っているだけで、横の母子に「ほらあの人が怒ってるよ、やめなさい」と言われて憮然としたことがあります・・・怒ってるのはあなたであって、わたしは知りませんよ、て感じです。

・自分に叱られるより赤の他人に叱られるほうがこどもにとって嫌だろうから赤の他人を引き合いに出す
・自分が鬼みたいな顔で叱るのが億劫つまり、自分はいつでも優しい良いお母さんでいたい
という願望が半々で、他人が怒っているという風に言うのでしょう。

▼もしこどもに愛情があるなら、人格を歪めて人生を台無しにしてしまうものからは命がけで遠ざけてあげることができるはずです。

○○(自分以外の人)に自分のこどもの教育を任せる恐怖

このような事例は、実は、ものすごい暗示をこどもに与え続けているということに、母親は気づいていないのです。それは、

見ず知らず、通りすがりの赤の他人に、我が子を教育させる

顔も見えない人の意見に自分の人生を左右させる

ことに繋がってしまいます。

例えば、きちんとした生活習慣を身に着けるさいの動機が、

愛するママがこう言っているからそうしよう

自分自身がきちんとした生活習慣で生活したほうが心地よいかも

で動くのでは無く、

人にこんなこと、あんなことを言われるのが嫌だから

で動く人間になってしまいます。

幼い子供の心は、いつでも何かをしたい、この世界を知りたいという好奇心に満ち溢れています。

それを、「知らない人に怒られるよ」と制止されると、「知らない人のためにボクは自分を抑えていい子にしておかないといけないんだ」と思い込んでしまいます。

さらに、人間らしい振る舞いをするために、「ママを悲しませたくない」「自分自身が心地よくいられる」ことをせず、

「見ず知らずの他人に怒鳴られたり怒られたりするのが嫌だからしようか」と思ってしまうのでは、人生の自由度が変わってきます。

前者は、自発的行動、愛情に基づく行動なのに対し、後者は、「他人に叱られることを元に強制される」行動原理によって動くようになります。

こういう叱り方をした回数が多ければ多いほど、こどもは、「他人によって強制されて動く」ことを覚えてしまい、自発的な行動の芽が芽生えてもすぐ「他人がどう評価するか」「もしかして呆れられる」という考えに繋がってしまう可能性があります。

叱るときは愛情が無いと子供の心に響きませんし、自発的にそうしようという発想にはなりません。それを、「おまわりさんが」「あのおじさん、おばさんが怒ってるよ」と言う風にもっていくのは・・・(絶句)

わたしも以前、こどもに言った覚えがあります・・・みんなに迷惑だよ、とか、そんな感じで。

これは日本社会共通かもしれません。自分の意志より「周囲の意志」を優先させる思考です。
ただ、こういう面があるから、世界で一番安全で快適な社会が営めているのかも知れませんが・・・
それでも、叱るときにはきちんと、「お母さんがうるさいから、静かにしてね」「靴脱がないとお母さんの服に当たって気持ち悪いからやめてね」「静かにしているとお姉さんの声がよく聞こえてママは嬉しいんだけど」という風に伝えるだけで十分です。

▼「良いお母さんが危ない」をいろんな角度で見てみると・・・

母親が「優しくて良いお母さん」でいたい心理

幼いこどもを育てていると、一日中こどもから目が離せず、外出も大変です。

家の中でも、物をこぼしたり壊したり、いろいろなことがあります。そのさい、母親はいつも目を吊り上げて怒らないといけません。

こういう泥臭い作業にほんとうに嫌気がさしたり、自分はこんな、いつも目を吊り上げて怒っている人間ではない、と思う人も多いでしょう。

そう思っているとつい、外出先でも「あのおじさんが怒っている」「みんなが嫌がっている」「静かにしないと警備員に連れていかれる」といった脅し文句を言ってしまいます。

その心理には、やはり、

自分はきれいなままでいたい、叱ったり怒ったりする役割は、赤の他人に担ってもらいたい

という本音が隠れています。そして、その試みは一時的に成功するでしょう。他人に叱られる恐怖は、子供心にはとても恐ろしいものだからです。(その恐怖心がやがて社会を敵としたり、社会に対しての恐怖心に繋がるのです。

しかし、やがてこどもが成長し、他人に叱られる、ということが親の脅しだったことに気づくと、こんどはその恐怖心の反動が来ます。

そんなことでは社会でやっていけないよ

そんなんじゃ高校に入れないよ、落ちこぼれるよ、大変なことになるよ

という他人を利用した脅しが通用しなくなるのと同時に、自分の親に対しても甘く見て徹底的に見下してくる可能性があります。

虚像を利用してこどもをコントロールしてきたツケが回ってくるのです。

でも、今からでも遅くありません。

しっかり自分の言葉でこどもを叱ったり、褒めたりしてください。親の愛情がある言葉は、脅しでも虚像でもない生の励まし、生の叱責として必ずこどもの心に響きます。

こどもに意見するとき、叱るときは必ず、「自分の考え」としてこどもに伝えるようにしましょう。

誰かを叱るというのはとても億劫で気が重いものですが、そこに愛情があれば必ず届きます。
こどもに自発的に人生を歩んでもらうために、常に主語を自分の言葉で人生を歩めるようにしてあげましょう。
公共の場で静かにし、部屋をきれいにするのは、自分がすっきり生活したいからです。
勉強するのは自分の人生を豊かにし、選択肢を広げるためです。

それらは決して、人から強制されるものではないし、ましてやしないと誰かに怒られるものでもありません。

▼子育てで、こどもに自分の言葉を届けるために必須の条件とは?

まとめ

もともと子育ては、泥水の中を這い回るような孤独で地道で根気の要る作業です。

でもだからこそ、こどもの心に「母親像」というものがしっかりと根付き、母を悲しませたくない、母を喜ばせたい、という動機が根付いてくれます。

こどもを動かすには、他人からの叱責や恐怖によるものではなく、愛情と自発的な気持ちからそう動くように、働きかけましょう。

皆さんに少しでもお役に立つ情報が提供できるよう定期的に更新していきます。

ここに書いている記事は、すべて管理人が確信を持っていることです。もしよかったらご意見ご感想をお寄せください。

にほんブログ村 子育てブログへ
にほんブログ村

毒親

Posted by admin