「親ブランド」に頼っていませんか?~権威的にふるまう毒親

1月 23, 2020

こんにちは!親塾へようこそ。ここでは、不登校や子育てについての知識を増やし、「なるほどなあ」と思ってもらえる情報を(ほぼ)毎日お送りしています。

今回は、「親ブランド」に寄りかかってこどもを支配したり社会に甘えてくる毒親についてです。

「親ブランド」?聞きなれない言葉ですが・・・

親は、親であるというだけでこどもを全面的に支配コントロールできる時期があります。社会や学校も「幼い子供の親」というだけで親に対して丁寧に接してくれます。
そこを勘違いして、周囲に対して権威的になってしまう親がいるのです。まるでブランドに寄りかかるようにして。

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※反発を感じられたり、怒りを感じられる人もいると思います。そんな場合は、「そんな話もあるんだろうか」ぐらいに受け止めてください。

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「親ブランド」への反発を抑圧するこども

いきなり結論です。

こどもは親が持っている水戸黄門の印籠である「親ブランド」の前で、多かれ少なかれいろんな本心を抑圧しています。

幼児のころは、親にすべてを握られていて、親にすべて身をゆだねるしかないことをこどもは知っています。親のことをとやかく言うなど夢にも思いません。

でも10歳ぐらいになると、自分の親の実態がうすうすわかってきます。

問題を難しくしてしまうのは、親に対して批判的で親を他と比べて正当に評価できる状況になってもまだこどもは

「親を大切にしないといけないし、親は唯一無二でかけがえのないもの」と思わなければいけない呪縛から逃れきれないことです。

幼いころ、「親なしには生きていけない」という残酷な事実と常に向き合っていた名残で、「親を疑う」とか「親を他の親と比較する」という人間として極めて当たり前の思考がすっかり摩耗して親に対する疑問が抑圧されてしまっているのです。

ここの抑圧が大きければ大きいほど、思春期になって「得体の知れない黒い雲」に体を押し潰されて自分でもよくわからないまま苦しむことになってしまいます。

「親を大切に」というきれいな言葉が先行して見落としがちですが、親は親である前に一人の人間です。人間として思いやりがあるか、協調性や愛情があるかどうかなどは「親」というブランドとはまた別のところに存在します。

でも「親をそんなふうに思ってはいけない」という抑圧がある分、こどもたちは「これはおかしいのではないか」と思ったとしても無意識に抑圧してしまうのですね・・・

▼自分でできる毒親チェック!

「親ブランド」に胡坐をかく母親

親は確かに子育てでものすごい労力を使いますし、大変な思いをします。

でもそれは生き物として当たり前のことで、小鳥のような動物でもこどもを守るために必死で餌を運びます。

それなのに、人間の場合、不思議なことに、

「人の親であること」をまるでブランドのように感じ、こどもに君臨したり、社会的な地位を保ったりしている人がたくさんいます。

子育てはものすごく大変な分、幼い子供といっしょにいるだけで保護を得られたり、優先されたり、社会に大事にされます。

その上に、こどもがひたすら自分を頼り、限りない愛情を持って接してくれます。

社会からも大切にされ、こどもも自分に従ってくれ、「母親」という強い立場に立つことは、生まれて初めての人が多いでしょう。

すると、今まで自分でも思ってもみなかった「権威的なもの」「人を支配し君臨する」と言った一種の快感を感じて辞められなくなるのです。

「親」というブランドを手に入れた母親(父親はこういう考え方に陥ることは少ないのは、会社や社会で奉仕するという立場があるため)は、自分を実質以上のもののように思い始めます。

そこから教育ママになってこどもに無理やり勉強させたり、こどもに過度に支配的になったり、毒親への道を歩いていくことになります。

「親」という立場は社会的に見て非常に強いです。こどもに対してはもちろん、学校ではこどもの親というだけで教員や学校に強く出られます。ここで、「親ブランド」を振りかざすようになる人が一定数出てきます。

幼いこどもは親に逆らうすべを持ちませんし、社会も確かにこどもの親に対しては腰が低いですよね・・・

そして、このような権威は実は、非常に短い期間しか通用しないので、後で非情なしっぺ返しがやってきます。

▼毒親と不登校の関係を解き明かす!

「親ブランド」の効力は思春期で切れる

社会から大切にしてもらえ、こどもにも君臨できる「親ブランド」を背負えるのは、実はこどもが思春期に入るまでです。

思春期には、こどもは「親ブランド」を除いた親の実際の価値を客観的に判断できるようになります。

さらに、社会も「こどもの親様」という態度では接してくれなくなります。

学校も社会も、親ブランドを除いた人間として接してくるので、ブランドの権威に頼っていた人は戸惑うかも知れません。

ものすごい極端な例になりますが、社会的に大きな犯罪を犯した人の親が、

・ご飯を新聞紙の上にばらまいて、こどもに手で拾って食べさせたりした

・ピアノを教えていて間違えたら定規でミミズ腫れができるまで指を叩いていた

という事例があります。このエピソードを知っている人は、どの事件のことかすぐわかるのではないでしょうか。

親の権威を目いっぱい使い、親ブランドを背景にこどもに君臨したりしていたりすると、歪みは親自身が背負うか、こどもが背負うしかなくなります。

親自身が背負う場合は、思春期の激しい反発、不登校、引きこもりなどになる場合もありますし、こどもが背負う場合は反社会的な行動を起こしてしまうことになります。

結局、こどもと親の関係は、本質的に「人間対人間」であることを自覚していれば、このようなことは起こりません。

親も子供も無く、少し早く生まれた、社会的経験があるかないかだけの差で、こどものほうがある部分で成熟している場合もありますし、親がこどもから学ぶことはたくさんあるのです。

対等な人間として接する限り、「親ブランド」に頼ってこどもや社会に対峙するという発想にはなりません。

こどもと親は基本対等な関係です。ただこどものほうが未熟で世話を要するだけで、親が好きなように支配する存在ではありません。この辺りを間違えると「親ブランドに頼る毒親」になってしまいます。

▼子育てで、こどもに自分の言葉を届けるために必須の条件とは?

まとめ

一昔前までは、「親を大事に」的な教えを浸透させないと社会的資本が社会に行き渡らない(つまり社会全体が貧しかった)ために「親孝行」が社会から強制されました。

社会の生産を担う大人を確保しないと社会が成り立たないため、こどもは二の次三の次である、という都合から「親孝行」が推奨された面があります。

でも今は、こどもも親もお互いに対等に扱っても資本が不足することはありません。

親は、こどもに孝行を強要することも必要ないし、こどもも自分の親を客観的に見ても全然構いません。

皆さんに少しでもお役に立つ情報が提供できるよう定期的に更新していきます。

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