子育ての「兄弟間差別」の注意点と乗り越え方

こんにちは!親塾へようこそ。ここでは、不登校や子育てについての知識を増やし、「なるほどなあ」と思ってもらえる情報を(ほぼ)毎日お送りしています。

今回は、「兄弟間差別」の注意点と乗り越え方について記事にします。

親の兄弟に対する思いは、確かに濃淡があるかも知れません・・・こればかりはどうしようもないかも。

実はこのテーマはものすごく奥深いです。人間の心は「こうしよう」という意志だけでは動きません。意志ではコントロールできない「潜在意識」から来る感情が大半を占めるため、わたしたちにできることは「自分の感情を勇気を持って見つめて受け取ること」です。

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※反発を感じられたり、怒りを感じられる人もいると思います。そんな場合は、「そんな話もあるんだろうか」ぐらいに受け止めてください。

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人生を無にし、流れを断ち切らせる力

最初は「今どきこんなことを言う人がいるんだ」的な実話です。

「女の子だから」膝を立てるなとか、胡坐をかくなというのはわかりますが、「大学に行く必要はない」と言われ、進学や将来の選択肢を制限される

この類の話を何度か聞いたことがあります。

弟のほうは頭も良くないのに勉強をさせるにかかわらず、です。

おまけに「女の子だから」と家事を手伝わせて宿題も思うようにさせてもらえない中、弟は寝そべってテレビを見ている日々が続いていたらしい。

娘は成人したら当然家には寄り付かないし、弟は当然(?)ニートになって家に寄生する状態になっています。

極端かも知れませんが、このような兄弟間差別はいまだに残っています。

結果は、娘はひどい打撃を受けていて両親が死んでも悲しまず「せいせいした」状態、弟は自分の人生が成り立たず家族も持たないまま寂しく若い老後を送ります。

親は、誰一人幸せになれない家庭を一生懸命作るために子育てをしているわけではないはずです。

実は、その家庭を離れた娘だけが後に幸せになる、という皮肉な結果に終わります。

これは、親が余分な制限をかけたことによるものです。

こういう制限は、今の時代百害あって一利なし、です。

今の時代は社会に資本が行き渡っていて、男女関係なく自分の特質を伸ばすことができます。この時代に「女だから」というような制限を課すのは、結局こどものだれもが見えない壁のようなものに阻まれ、そこからを逃れるには実家から絶縁するしかない、という皮肉な結末です。

実はわたしの家庭もそれに近かったです・・・。弟のことはもう誰もが見向きもしなくなってしまいました。

社会全体が貧しくて、何キロも先の井戸に水汲みに行くほうが勉強より大切なのならわかりますが・・・
女性性に対して何らかの蔑み、憎しみのようなものを抱いているのでしょうか?
このような兄弟間差別は「姉」と「弟」によく出てくる印象です。

▼不登校の兄とその他の兄弟姉妹と仲が悪いときを別の方向から眺めると・・・

「兄だから」「姉だから」と下の子に常に譲らされたり得をしたりする

こちらは身に覚えがある人が多いかも知れません。

兄弟間で何か争いごとがあると常に親から「お兄ちゃんでしょ」「お姉ちゃんでしょ」というふうに下の子に譲らされたり、長男は大事だからといって大切にしたりすることが続いている場合、単純な話、

「中身の無い肩書に左右される」人間を量産してしまう

ことになってしまいます。

兄や姉やと言ったところで、わずか何年か先に生まれただけで、実質何の差異もありません。

下の子のほうが人格ができていることもありますし、優れている場合もあるでしょう。

それでも兄、姉だからと言われるのは、それだけ「社会に分け与えるパイはあらかじめ決まっている」「社会は全員に良いものが行き渡るほど豊かではない」ということを幼い頭に力任せに叩き込んでいるのと同じです。

努力するより「偶然生まれ持ったもの」のほうが大切であり、どんなに努力しても無駄

というような考えをこどもに叩き込むのは、こどもの人生の選択肢を大幅に狭めてしまいます。

つい先ごろまで日本では「長男」が絶対的権力を握ることが普通でした。

それだけ社会にある「パイ」「資本」が少なかったからです。

今の時代「兄だから」「姉だから」と言って差別をするのは、ただ単に親が争い合っている兄弟を見るのが面倒で、親の権威で押さえつけるためのものであり、そのほうが親が楽ができるからです。

この種の「楽」は、後になって親にそれ相応の「苦しみ」をもたらします。「楽をすること」にはそれ以上の工夫が必要であり、ただ押さえつけただけの「楽」は必ずツケが回ってきます。

こどもが一日中家でけんかをしているのを見ると、親はついつい「兄や姉に我慢させる」とか「お兄ちゃんのいうことを聞きなさい」というふうに持っていってしまいますよね・・・それはそのほうが親が楽であるからのことが多い。

こどもとは言え、家庭内でいつも争いが起きているのを見るのは辛いんですよ・・・譲り合う、といった成熟した態度はこどもには望めませんし。

実は、大人でも「成熟した態度で譲り合う」ことは難しいんですよ。戦争して、ものすごく大勢の人が犠牲になってようやく「平和が一番」と思えるようになるくらいですから。
こどもにはたくさんけんかをしてもらい、思う存分衝突してもらったほうが最終的には良いです。
「争うより譲り合うほうが結局双方が得する」ことにそこでようやく気付くことができますから。

親は安易に「お兄ちゃんでしょ」と言ってその場を収めないほうがいいんですね。こどもが自分で思い切りけんかをして「やっぱり仲良くするほうが自分が気持ちいいんだな」と思えるようになるのかも。

▼兄弟間の好き嫌いは単に「感じて楽しむもの」であり、愛することとは無関係です。

兄弟間で明らかな「えこひいき」をする

こちらは、長男次男、長女次女関係なく、また性別も関係なく、えこひいきをする親についてです。

この場合はただ単純に、「好き嫌い」「相性の良し悪し」によるもので、ついつい本音が出てしまう、ということによるものでしょう。

実は、「好き嫌い」や「相性」を意志の力で制御することは非常に困難です。制御できるのは、「態度に表さない」ことぐらいです。

この問題は、まじめな親を苦しめるものであり、自分を一番愛してほしいこどもも苦しめてしまうことになります。

でも、本当に正直な話、兄弟、我が子と言っても自分ではないので、感情に濃淡ができて当たり前ですし、より相性の合うこどもがいるのも当たり前です。

この問題は悩めば悩むほどドツボにはまってしまうので、考え方を変えるとうまくいきます。

母親と相性が悪い⇔将来夫婦関係がうまくいく

友達に恵まれない⇔恋人や配偶者に恵まれる

父親と相性が悪い⇔自分のこどもや後輩、部下に恵まれる

といったふうに、人間関係の相性の良し悪しは必ずどこかで差し引きゼロになっていて、何かに恵まれない分何かに恵まれます。

もし相性が合わないこどもがいたり、特別にかわいいと思えるこどもがいて罪悪感を感じたりする場合、

「その分、この子はどこかで何かに恵まれるんだな、それを楽しみに見て居よう」と気持ちを切り替えてください。

えこひいきだと感じさせないように振る舞い、たとえ相性が悪くても「そのこどもの幸せを祈り、応援する」ことは親ならば必ずできます。

みんな好きな芸能人も人それぞれだし旦那さんも好みや相性で選んでますよね。そういうのも他の人に対しての「えこひいき」ですからね、本来なら人類平等に愛するべきなのに。

ごまちゃんそれ極端すぎ・・・でも一理ある。
問題なのはこの子のほうが愛しい、と思ってしまう気持ちでは無くて、それを抑圧したり、きれいごとで隠したり、あからさまに態度に出したりすることですよね。親はこどもを大切にして、幸せを祈るのが仕事であって、「平等に愛する」ことが仕事ではないですよね。

▼子育てで、こどもに自分の言葉を届けるために必須の条件とは?

まとめ

・女だから大学に行かなくていい→こどもに壁を感じさせて幸せになるにはそこを離れるしか無くなってしまう

・兄だから姉だから、と譲らせたり得をさせたりする→努力より持って生まれた条件のほうが上、とこどもに教えてしまっている

・兄弟の誰かをえこひいき→相性や好き嫌いはあってもいいし、感情と「大切にし、幸せを祈る」こととは別物なので罪悪感は必要ない

兄弟間差別には深刻なものから受け入れていかざるを得ないものがあります。

親が目指すものは兄弟姉妹を「平等に愛する」ことではなく、大切にして幸せを祈ることに力を注いでいくこと

だけでOKです。

 

皆さんに少しでもお役に立つ情報が提供できるよう定期的に更新していきます。

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Posted by admin