不登校児が一番辛いことは親に「異常だ」と思われることです
こんにちは!親塾へようこそ。ここでは、不登校や子育てについての知識を増やし、「なるほどなあ」と思ってもらえる情報を定期的にお送りしています。
今回は、不登校や行き渋りのこどもが、一番悲しいことについての記事です。それは、親が「この子は異常だ」と思うこと、です。
こどもが学校に行かなくて、家で一日中ゲームをしているのを見たら、「これは大変な事態だ、何とかしなければ」と思うのが当たり前だと思いますが・・・
親の「常識」から見たら、異常事態と思えるかも知れません。こどもが何かおかしいのではないか、とか、どこか病んでいるのではないか、とかいろいろ考えてしまうのもわかります。
でも、ほかならぬ自分の親が、「この子は異常だ」と感じていると、こどもは悲しみのどん底に突き落とされてしまいます。
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※反発を感じられたり、怒りを感じられる人もいると思います。そんな場合は、「そんな話もあるんだろうか」ぐらいに受け止めてください。
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一番大事な人から「異常」と思われることについて
まずは結論です。少し耳の痛い部分かも知れません。
ただ、これだけは、不登校について語るとき避けて通れないものです。
こういう状況を想像してみてください。
もし、あなたが普通に生活していて、ある日を境に、一番近くにいる人から病院に連れていかれたり、学校に相談されたり、遠くの占い師に占われたり、その道の有名な人に相談に連れていかれたり、サイコセラピーを受けさせられたらどう感じるでしょうか。
あなたは今いっぱいいっぱいで、自分のことしか考える余裕がないのに、いろんなところに連れていかれ、いろんな人と話をさせられ、自分がいないところで大事な人が、他人に自分の不都合な部分を一生懸命訴えている、その光景を見ている、そんな状態を想像してみてください。
これは、ある種の人が、他人から、何か精神疾患を疑われ、異常と判断されるまで病院に連れて行かれまくる図に、少し似ています。
あるいは、親がまだ体も動くし、買い物もできるのに、ときどき財布を忘れてしまって慌てたりするのを見て、こどもが一生懸命「認知症」の診断をもらうためにいろんな病院をめぐって「認知症」と見たがっている図とも似ています。
身近な人に、「異常だ」と思われ、異常かどうかを幾度も確かめさせるようにいろんな他人と話をさせられるとしたら・・・
その悲しみを想像してみてください。
僕って、わたしって、異常なんだ、異常と思われているのだ、と受け止めるとき、心を繋いでいた紐がぷつんと切れた感じがするかも知れません。
いつもと同じように生活し、同じことを考えているのに、ただ学校に行かないだけで「腫れ物に触るように」扱われたり、心療内科に連れていかれたり、精神科に連れていかれたり、セラピー?を受けさせられたりするこどもの気持ちは、「この人とはもう会話が成り立たない」という絶望感かも知れません。
▼不登校にはちゃんとした理由が無いのが普通です。
みなさん普通のお子さんですただ学校にいってないだけ
たぶん、世の中で学校に行っていないこどもたちは、大半が普通のお子さんです。
例として、ここのサイトの管理人(つまりわたし)を挙げます。
いろんな病院に連れていかれ、心療内科に連れていかれ、いろんな検査をして、自称他称のセラピストやカウンセラーに会わされたり心理テストを受けさせられたりすれば、管理人はおっちょこちょいな面があるのでひょっとしたら、「大人の発達障害」て言われるかもしれません。
落ち込むこともあるし、なげやりになったり、大きい声を出したりすることもある、と近くにいる人がしきりに主張すれば、心を病んでいる、軽いうつ病、ぐらいの診断は出るかもしれません。
見る人が、「この人はおかしい、異常だ」という目で見て、その事実が判明するまであちこち相談に回れば、それに類似する証拠はやがて出てくるでしょう。
しかも、幾度も病院に連れていかれ、検査をされて、異常ではないかと疑われつつ話をしていくうち、本当に心のバランスを崩すこともあり得ます。自分が正常ではないのではないか、と自分で疑ってしまうようになるのです。
そうなると、もうそういう人に対して言葉を発することもおっくうになり、話をするのも嫌になります。
異常な人間、と決めつけられてしまうと、何を言ってもちゃんと受け止めてもらえない、という絶望感、諦めが心の中を覆いつくしてしまうのです。
ただ学校に行っていないだけで、あちこち相談に回られたり、病院に連れていかれたり、いろんなテストを受けさせられたり、セラピーあるいはカウンセリングと称するものを受けさせるなど親に頑張られてしまうのは、
とどのつまり、
この子は普通ではないから誰かに治してもらう
という前提から物事を見ている証左になります。
本当に、そのこどもは異常なのでしょうか?
こどもさんはおそらく、ごく普通のお子さんです。
親が「異常だ」と思うとこどもがかわいそうです。
もちろん、大学病院などで精密検査をして脳波を測定してもらったり、検査を繰り返しての診断は受け止める必要があります。もし先天的なものであるならそれは一種の個性で、これもまた「治そうとする」ものではありません。
いろいろなところに相談に行き、親ができることをしてあげたい、と思っているのですがそれを否定されると辛いです。
そこが、親子で最も噛み合わない部分です。そのようなズレが広がって、親子で会話が成り立たなかったり、お互いに辛い思いをして、現状も変わらないままになってしまうとトンネルの中に閉じ込められた気分になってしまいますよね・・・
▼台風が吹き荒れる場所にはだしで立たずに済み、家に避難できるこどもは幸いです。
親にできることは「いつも通り生活」しつつこどもを受け止めること
もちろん、復学支援などの取り組みに手助けしてもらうことはとても有意義ですし、味方がいる、というのは心強いことです。
学校の先生や友達など、味方を作ってこどもに接してもらうことも、有意義ですし助けになることもあります。
親子の食い違いは、
親がこどもを「異常」と思い、それを誰かに治してもらおうとすること
と、
自分のことを知ろうともせず、「学校に行けないのは異常だ」というフレームからしか接してくれない、というこどもの親への反発
から来るものです。
人間関係がこじれるのはたいてい、双方に原因があるのですが、この場合、ほぼ一方的に
「学校へ行けないのは異常だ、おかしい」
と思ってしまう、親が一方的に原因を作っています。
学校へ行けないのは、異常でしょうか?
それは誰かに治してもらうものでしょうか?
ここを深く理解しようとすることで、ようやくこどもの心に近づく出発点に立つことができます。
こどもは日々を精いっぱい生きていますし、不登校になった場合でもいろんなことを感じています。学校へ行かないことを「正すべき異常な事態」と捉えず、ただ静かにこどもさんを観察してみてください。成長途上で、日々いろんなことを感じながら生活していて、たとえゆっくりでも成長しています。
確かに、「これは異常事態だ、何とかしないと!」て思っていた面もあります。でも、一日中家にいるこどもと向き合って観察するって、ものすごいしんどい、これは経験したことのある人にしかわからないと思います。
だから、一日中こどもと向き合ってこどもだけを見つめている必要はないです。お仕事も普段通りしたらいいし、買い物にでかけても、お友達と会っても構わないです。キーワードは「普段通り」です。
たまに、復学支援のことや、学校の様子などをチェックする時間を設けるだけで十分です。
第一優先で不登校のこどものことを考えなくていい、わたしが頑張らなければ、て思わなくてもいいということですね?
家族が普段通り生活している、というのを不登校のこどもが見て、こどもは実はほっとしているのですよ。自分のせいでお母さんはいつも眉間にしわを寄せているのを見たら、こどもも辛いのです。「自分が学校行かないからって親まで一緒に不幸になるのやめてほしい」とこどもは思っています。
▼親ができること、というのは実はこれしかありません。
まとめ
・この世で一番大事で、理解のあるはずの親が、自分を「異常だ」と思って接することは、こどもにとってものすごく悲しいことです。
・学校に行ってないだけで、実はほとんどのお子さんが普通のこどもです。「不登校=異常」というフレームから見るのではなく、こどもに味方を増やす、という目的を持って接すること
・親はいつも通り、普段通りの生活をつづけて、一緒に時間を過ごしていくだけで十分です。何か思うことがあってもそれは自分の中で静かに処理すること。
世の中には、不登校のこどもはたくさんいます。
立派に成人されて、社会で活躍されている方もたくさんいます。
中学生、高校生で一時的に学校に行かないことで、人生が大きく狂う、ということはありません。
今このときの時間を、自分を大切に、こどもがもたらしてくれる感情を大事に味わって進んでいってください。
皆さんに少しでもお役に立つ情報が提供できるよう定期的に更新していきます。
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