「不登校」という記憶の再現~ホ・オポノポノの実践から

こんにちは!親塾へようこそ。ここでは、不登校や子育てについての知識を増やし、「なるほどなあ」と思ってもらえる情報を定期的にお送りしています。

今回は、「不登校」という現象そのものを「ホ・オポノポノ」の観点から見つめてみます。

▼ホ・オポノポノについてはコチラをご覧下さい。

ホ・オポノポノ公式サイト

ホ・オポノポノによると、この世の中のほとんどの現象は「過去のどこかの記憶の再現」だということですが、不登校というのは現代にしかない現象だと思うのですがどうでしょう?

確かに、不登校という現象そのものは、ごく最近の出来事です。でも、それは表面上の言葉や現象だけで、記憶の奥を探っていくと必ずいろんな記憶が合成されたものだということがわかります。
ダイエットが「人類の飢え」の記憶の再現として表れているように、姿や形は変わっても記憶の中身はそのまま同じです。

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「不登校」は「場の作用」から逃れたかった過去の人々の記憶の再現です

まずは結論から。

不登校は、「そこに属することが苦痛で仕方なかった」人々の、過去の痛ましい記憶の再現です。

民族的に謂れの無い差別を受けた人々、国の都合でしたくもない戦争に駆り出されたり、やりたくもないことを家族の圧力でやらされたことなど、「場の呪縛」から逃げたかった人々の記憶は、深く人類の記憶に入り込んでいます。

一方で、人々は、「場」の磁力に守られ、発展してきたので、そこから完全に逃れるわけにもいきません。

そのジレンマはすさまじいもので、一人になりたい、自由になりたい、と思う気持ちと、一人では生きていけない、いずれかの場に属さないといけない、というプレッシャーで板挟みになって苦しんできました。

どこかに所属しないと生きていけない

でも、どこかに所属することで自由を失い、意志に反して戦争で人を殺めたり、自分が命を落としたりするシーンも多いため、どうにかしてそこから逃れたい、できれば国家からも逃れたいと思った記憶が何千年も蓄積しています。

その記憶ははけ口を求めて、現代のような平和で豊かな社会にも表れてきます。

そしてそういう記憶の再現は、感受性が豊かで無垢なこどもの上に再現することが多いのです。

もちろん、ダイエットにしても不登校にしても、記憶は一つだけではありません。いろんな記憶がミックスされ、複雑に絡まり合って再現されています。
わたしたちにはその記憶がどこから来るのか完全に知ることはできないし、また知る必要もないです。
過去の記憶に知識で対抗するのは、海の水をひしゃくで全部救い出すのと同じくらい無意味なことなので、ただ受け入れていくしかありません。
病気と同じように記憶も、向こうからくるものを受け取ることしかできないのです。

▼子育ては受け身でいるしかない!?。

 

「記憶の再現」に対抗する手段は無いのでただ受け止めてあげること

過去、世界の誰かが「ここから逃げ出したい!」と激しく望んだ記憶が、偶然に日本の誰かのこどもの上に再現されたのが、「不登校」です。

ひょっとしたら、その記憶は両親のものかも知れないし、あるいは古代ローマの兵隊に駆り出された属州民の記憶かも知れません。

現代の日本は、「過去のあらゆる記憶」を浄化する器を持った国になっているので、

・本人が望まないならその場から出ることができる

・そこから出たとしても影響は最小限に留まる

という理想的な実験の場になっています。

だからこそ、不登校児が増えている、という面もあります。

社会からはみ出したら二度と元に戻れないような社会的資本の少ない国だと、この記憶の再現をするには過酷すぎます。

だからこそ、懐の広い豊かな日本に集中して起きてくるのでしょう。

そもそも、本人が望まない場合そこから逃げる権利があり、またいつでも自由に復帰できたり、影響を最小限に抑えたりする国が現代でもある、ということは奇跡に近いです。

世界の誰もが、「ここから逃げ出したいけど逃げられない」という貧困や、民族差別や、戦争、飢えなどに捕らわれています。

日本人は、そんな痛ましい記憶を浄化する役目を負っているから、不登校が頻発している、とも見ることができます。

不登校も誰かの記憶の再現なんですね・・・では「記憶の再現ではない出来事」というのは、世の中にあるのでしょうか?

ホ・オポノポノの考え方としては、すべての事象は記憶の再現であり、人類はその記憶を浄化していく使命を負っている、ということです。
記憶の再現ではない現象というのは、人間が完全に「無」になり、自由になったその一瞬光が射してびっくりするようなことが起きることでで、そのような現象に遭うことは滅多とありません。

▼不登校にはちゃんとした理由があるの?

「過去の誰かの記憶」なら、それを受け止め浄化するだけ

ここからは、現実的な対処法です。

不登校を受け止めるのは非常に困難な道です。どうしても学校に行って欲しい、という親の願望があるからです。

(実はこの親の願望も、「与えられた場から逃げる人間には制裁が加えられる」という記憶を再現している可能性が高いのですが)

一方で、「過去の記憶」もかなり強力です。

そこから逃れようとする思いの強さと、それをどうしても引き留めずにはおかない「場の意志・力」から逃れることは生きている人間には不可能なことでした。

どうしてもその場から逃れたい、という強い望みを実現させるために、家族の心配も悩みも学校から「来てほしい」というラブコールも乗り越えて、その場から逃れられたこどもたちは、今、新しい記憶を人類に付け加えています。

「場の作用からは逃れることができる」という記憶と、そこから派生する記憶です。

引きこもりもある種の新しい記憶です。

人間が働くことなしに、家族以外の誰とも接触せずに生存できる、という人がまとまった単位で存在することを許す社会になりました。

しかし、この「逃げることができた!」という事象も、過去の記憶の再現である可能性もあります。

故郷を離れて自由を得た気がしたけど、結局また故郷に舞い戻って改めて幸せを掴んだ、という幸福の形も過去に何万回と繰り返されたでしょう。

わたしたちにできることは、これらの記憶の再現を静かに受け止めたのち、

「もう記憶に振り回されなくていいよ、大丈夫!記憶を見せてくれてありがとう」と言ってその記憶にサヨナラすることです。

感謝と共に記憶を手放すことで、記憶が浄化でき、また次の段階に進めます。

この浄化のプロセスが、ホ・オポノポノで言う、「ありがとう、ごめんね、愛しているよ、許してね」という四つの言葉なのです。

人類の記憶は、潜在意識の中にパンパンに詰め込まれているので、どうにかして浄化してほしくて人間に繰り返し記憶を再現させてしまっています。このエンドレスな記憶の再現の連鎖を止めるのは、「もう過去の記憶に振り回されなくていいんだよ」という愛情を記憶自体に示すことです。

わたしが娘の記憶の再現に対して浄化を試みることはできますか?自分の身に起きたことではないのに・・・

潜在意識は人類すべてに繋がっていますので、誰かが記憶を消去したことで、地球の裏側の誰かの人生が変わったりもします。わたしたちにできることは、ただひたすら浄化を繰り返すだけです。いつの時点でどんな効果が出るかわかりませんが、予想もしない形で問題が解決することで、すぐに「あっ浄化された」とわかったりします。

▼子育てで「これ以上頑張れない」と感じるときどうしてる?

まとめ

・こどもの不登校は「場の圧力」から逃げたいという過去の記憶の再現です。過去、自分が望んでないのに国からの命令で戦争に出たり、意志に背いて何かをさせられたという痛ましい記憶があり、そこから逃げたいと心から願った記憶の再現の可能性が高い

・記憶の再現は、人を選ばずランダムに誰かの身に再現されます。人はただ「こういう記憶があったんだな」と優しく受け止めて浄化することに専念すれば良い。

・人間の「場に属さないと生きていけない」という強迫観念と、「場から逃げ出したい」と願う気持ちは深く記憶に刻まれています。その葛藤を受け止めたら、「もうそのような記憶に振り回されなくていいんだよ、ありがとう」と愛情と感謝を込めて記憶を手放してあげてください。

ホ・オポノポノの最も素晴らしいところは、人の問題も自分の問題として受け止め、浄化してあげることができることです。

記憶の再現にしても潜在意識にしても、他人と自分という区別が無く、すべて繋がっているので、自分が浄化したら人類の記憶から一つ、痛ましい記憶が成仏していき、世界が少しだけ明るくなります。

起きてくる出来事をすべて受け止め、その都度浄化を繰り返すことで、人生の曇りが少しずつ取れていき、過去の記憶の再現に振り回されることが少なくなります。

皆さんに少しでもお役に立つ情報が提供できるよう定期的に更新していきます。

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