「不登校」とは無縁の場所からの提案~このサイトの意義

こんにちは!親塾へようこそ。ここでは、不登校や子育てについての知識を増やし、「なるほどなあ」と思ってもらえる情報を定期的にお送りしています。

今回は、タイトルの変更と共に、「不登校とは無縁の場所から見る不登校の光景」
を記事にします。

まったく別の場所から客観的に見て、不登校お子さんとそのご家庭について、ぜひ率直な意見を述べさせてください。

▼このサイトの根本的な考え方はここに由来します!

ホ・オポノポノ公式サイト

※このサイトではグーグル広告のポリシーにあるように、自閉症スペクトラムや発達障害などのメンタルヘルス的なことは扱いません。すべて一般論として記事を作成しています。

※反発を感じられたり、怒りを感じられる人もいると思います。そんな場合は、「そんな話もあるんだろうか」ぐらいに受け止めてください。

ブログ村から来られた方々へ。下書き段階の未完成記事がPIN送信されている場合がありますのでお気を付けくださいませ。

こちらの記事はここ7日間のアクセスランキング一位の人気記事です。

不登校のサイトには「不登校経験者」しかいない?

いきなり結論です。

このサイトは、不登校とは無縁のこども二人が居る管理人が書くサイトです。

経験談やそこからの脱出法を書くことは、管理人にはできませんが、ごく希少である「無縁な場所からの客観的風景」を紹介する風景が見当たらないので、サイトを立ち上げることにしました。

もっと精密に言うと、このサイトは、「遠い昔、不登校にならせてもらえなかったこども」が、大人になって書く記事です。

その立場から言うと、不登校という選択肢がある今のこどもが羨ましい、ということと、何かあると「児相」が動いてくれたり、こどもを守ろうとする組織やネット上での応援団がちゃんと社会にあることを知って、

世の中、進歩したなあ~

としみじみ感じます。

今の時代に生まれていれば、管理人が以前した、言葉に言い表せない経験の半分も、今のこどもはしなくて済む、という感想を持っています。

平明な目で見て、

「選択肢が複数ある社会」は、「選択肢がない社会」より成熟しているし、柔軟性がある、進歩した社会

ではないでしょうか。

本来、ずっと不登校とは無縁でありながら、こうして限りない関心を持ち、もう100記事近くネットに記事を配信しているのは、理由があります。

不登校とは無縁の場所から一個人が不登校について記事を配信するサイトが、世の中に一つぐらいあってもいいのではないか

ということです。

違った見方ができますし、視野の広がりを感じていただけるのではないか、と。

でも、「経験者でないのに語ってもいいのか」とも思いました。

それでも、子供時代「どうしても学校に馴染めなかった時代があり、その当時は不登校という選択肢が無くて、シぬ思いで登校していた」という経験が、いろんな意味でネット上でも希少ではないか、ととも感じています。

そういう理由で、このサイトを運営しています。

▼わかりにくい「毒親」もいます!

不登校にならせてもらえないこどもが思ったこと

現代でも、一定数のこどもが、戦場に向かうような気持ちで学校にイヤイヤ通っています。

親に相談したところで、絶対わかってもらえません。

相談したくても誰にも相談できません。

本当は、親に打ち明けたり、一緒に乗り越えて欲しいのに、親は自分のほうを見ようとせず、いつもスクールカウンセラーや不登校の専門家や自分とは違う人に相談するのに忙しそうです。

そもそも、問題の発端はこどもである自分なのに、なぜ自分に関心を持たずよその人にオールインするんだろう?

と思うことが多くなります。

そこでこどもは結局、

「自分のほうを見るのは面倒で、ただ自分を学校に行かせさえすればそれでいいんだろうな」

と絶望し、余計引きこもりがちになるか、無理やりにでも学校に行って表面だけを平穏に収めるしかなくなってしまいます。

親がこどもの不登校で、外に向かって相談しようとすればするほど、こどもは置いてけぼりになってしまいます。

たった一度でいいので、ただの五分でいいので、自分の思っていることを反論せず、黙って聞いてほしい、と切実に願っているこどもが不登校児や不登校予備軍の中にはたくさんいます。

彼らは、「今聞いてくれないとたぶん、一生諦めて生きていくしか無くなる」という切羽詰まった思いがしているでしょう。

でも、彼らは同時に、諦めています。

両親は、「学校に行きさえすればいい」と思っていることが分かっていることと、

自分の話を聞くよりも、よその人と自分のことについて相談することのほうが、親にとって大事だからです。

もっと言えば、親がよその人に相談する内容は、「こどもに問題があって、母親のわたしはこんなに一生懸命やっている」という愚痴を聞いてもらっているように、こどもは感じています。

これは、そうだ、という断定では無く、

親は自分のほうを見ようとせず、よその人に自分の悪口を言っている、と感じていることが多いということです。

▼不登校の悩みは、相談する人を広げれば広げるほど逆効果

まずはこどもに関心を持つこと

ものすごく当たり前なのですが、すべての問題はこどもの心の中にあります。

たとえ話として、

こどもが病気になりました。

母親はお医者さんに連れて行きました。

母親が一生懸命病状を説明して、先生に薬を出してもらおうとします。これは、ごく当たり前のことです。

ただ、病気を疑う場合、母親は医者にかかる前に、こどもの体を丁寧に観察し、確認するはずです。

熱が出ていないかどうか。呼吸音を聞いて喉を見たり。

手足に湿疹が出ていないか、目が充血していないか、

そういう観察を十分に行ったうえで、お医者さんにかかるのが普通です。

ところが、不登校の場合、こうではないことが多いです。

症状を見て、もっとこどもを知ろうとするより先に、

どうやったら学校に行けるんだろう。

と、いきなり症状を消失させることを考えてしまいます。

そして、その気持ちが大きくなっていくと、自分だけでは抱えきれなくなって人に相談します。

「どうやったら学校に行くようになるんでしょうか」

関心事はただそれだけで、そこに至るまでの観察は飛ばしてしまいがちです。

親にとっては、「学校に行っていない」ことだけが関心事で、自分のことを見る余裕なんて無いんだな、と感じていました。

ある意味、不登校になることは、親の関心を自分の内部に向ける最終手段なのに、それさえも取り合ってもらえず「学校に行かせること」だけに親が情熱を注ぐとしたら、・・・
こどもは絶望しますよね。

・・・・
(でも、こどもは何を聞いても答えてくれないし、そもそも会話が成立しない。ほっといて、と言われるばかりだし。わたしにこれ以上どうしてほしいのか、さっぱりわからない)

こどもは親が思っている以上に、親にものすごく気を使っています。親を困らせるかも知れない、聞いてもらっても理解してもらえないし、と思い、言葉に出さないことで親の気持ちを守ろうとしている場合もあります。

まとめ~たったひとつの願い事

今、管理人自身が、遠い過去に戻って、当時の親に話しかけています。

たった一度でいい、せめて五分でも十分でも、反論せずに、説教せずに話を聞いて欲しかった。

たとえ、現実にその通りにできなくても、気持ちを分かって欲しかった。

○○に向ける関心の半分でも、自分のほうに向けて欲しかったです。

黙って話を聞いてもらい、共感してもらうこと、これを生涯に渡って諦めた管理人の心からの願いです。もう叶いませんが。

皆さんに少しでもお役に立つ情報が提供できるよう定期的に更新していきます。

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