こどもが親に対して「虚無感」や「諦め」を抱くとき

こんにちは!親塾へようこそ。ここでは、不登校や子育てについての知識を増やし、「なるほどなあ」と思ってもらえる情報を定期的にお送りしています。

今回は、こどもが親に対して、幾度も失望し絶望して、虚無的になっていく過程を見ていきます。

親がこどもに失望するのではなく、こどもが親に虚無感を抱くんですか?それはどのようなものでしょう?

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こどもの幸福感をすり減らす「脅し」による教育

いきなり結論です。

「言うことを聞けないなら、気に入らないなら出ていきなさい」

このセリフをこどもに伝えたことがある人はいますか?

こどもには逃げることができないし、そうすることができないことが分かっていて「出ていけ」という親は、自分が圧倒的優位に立っていることを知り抜いています。

どうしても我儘を通そうとするこどもや、動こうとしないこどもに対していってしまう言葉ですし、一度もこれを言ったことが無い人は世の中にいないかも知れません。

それでも、これを言われて「脅されて」言うことを聞くのが癖になると、自発的な意思による行動よりも「罰が怖いから」「身体的に苦痛だから」という低次元の動機によって動く人間になって、後に人生に対する幸福度が著しく下がってしまいます。

罰によっていやいやながら動く人間よりも、「自発的」で「人に喜んでもらうこと」を柱に動ける人間になるほうが、幸福度が全然違ってきます。

親とこどもは人生経験と発達段階が違います。

ある程度の罰が無いと我儘で自分中心のこどもが出来上がってしまうこともあります。

それでも、罰や脅しが怖くてしぶしぶ人の言葉に従うよりも、人が喜んでくれることをしてその笑顔を見たくて頑張るほうが幸福率は高いです。

脅しで人に言うことを聞かせるのは比較的簡単です。

でもその「簡単さ」はこどもがこれから生きていく上での「幸福感」を擦り減らすかも知れません。

恐怖や脅しと共に育ったこどもは、人生に対して諦め、こんなもんだという虚無感と共に生きていくことになりがちです。

▼子育てで大切なことは意外にシンプル

親の裏願望を無意識に叶えるこどもは自分の人生を生きられない

親が無性にイライラするときは、こどもが親の言葉の裏の本音を一生懸命叶えてくれているときです。

〇お勉強しなさい!それがあなたのためなのよ。

(本当はもっと遊びたかったけど、親に習い事ばかりさせられて嫌だった)

こどもは赤文字の親の裏願望を先に読み取って、学校に行き渋ったり、塾を黙って休んだりします。親の本音の部分を無意識に読み取って行動してしまうのです。

〇部屋にこもっていないでお友達と仲良くしてね。

(けんかになって親同士の揉め事に発展したら面倒だけど家に閉じこもられても嫌だ)

こどもはお友達と仲良くするより、むしろお友達と関わらず孤立したり、ゲームに没頭するなどして生の人間関係を築こうとしなくなります。

生の人間関係によるもめごとや葛藤を徹底的に避ける親の願望を読み取ってしまっているのです。

〇どうしてすぐにやらないの?先にやらないといけないことをやってから遊んでよ。

(わたしは自分のやりたいことを全部後回しにして家族のことばかりしているのに)

こどもは、やりたいことをやれずに家事や用事、仕事に追われる母親の代わりに、今やっておかないとできなくなるかもしれない楽しみやゆったりした時間を無意識に優先するようになる。

こどもの様子で無性にイライラする部分があるとしたら、それは、言葉の裏にある本音の部分をこどもが無意識に叶えてくれている可能性が高いです。

特に、「勉強しなさい!」に関しては、親側にあらゆる裏願望が詰まっているので、こどもの行動も複雑になります。

不登校や塾を無断で欠席するなどの行動は、親のどの裏願望を叶えているのか、親自身が見極めて自覚すると症状が消失することが多いです。

自分でもよくわからないままに無意識に親の裏願望を叶えているこどもは、自分の人生を生きられないので深い虚無感に陥りがちです。

「裏願望」の分析に関してはコチラの記事を参照にしてください。

ほんとはもっとゆったり休憩したいと考えながら動いていると、こどもが代わりにできるだけゆったりしてくれます。それを見てイライラするのは、「自分だってもっと自分のことを優先したり、ゆっくりしたいのに」と思っているからです。

親がこどもを受け入れるよりも、こどものほうがずっと親を愛して受け入れているという事実

こどもは親のすべてを見抜いて、すべてを受け入れています。

幼いこどもがときどき親によって命を摘み取られるまで従わせられるのも、こどもが親のことを大好きで、受け入れていて、何をされても許しているからです。

親がこどもを愛している、というのは、「自分の言うことを聞けば愛してあげる」という条件が入るけども、こどもにはまったくその種の「条件」はありません。

無条件で受け入れ、愛して、好きで好きでたまらないのですが、親のほうはそうではありません。

こどもが親を好きすぎて求めているのに、親がそれに応えていないと、こどもは深い虚無感に陥って活動的に生きる気力を喪ってしまいます。

こどもはそうなると、無意識のうちに、親の関心を自分に向けさせようと頑張ってしまうこともあります。

不登校になったり、問題を起こしたり、こどもがある時点で別人のようになってしまった場合、「親子の愛情の不均衡」が根っこにある場合が多いです。

「不登校」は、こどもの親を求める最終段階のSOSであることも多いです。

こどもが親に求めているのは、ごくシンプルな「もっと一緒に居て欲しい」という願望だったりもします。

わたしは充分こどもに時間を割いていると思いますけど?

こればかりはこどもの基準ですから、親が自分では十分と思っていても、こどもにとっては十分ではないかもしれません。その基準はこどもにしかわからないのです。

まとめ

生きていく上で社会のルールをいろいろ教えていくのが親の務めであり学校の務めでもあります。

そのルールも、「こうしたほうが社会のためでもあり自分自身も生きやすいよ」という風に導いてあげられ、「相互に利益を得られるWIN-WIN」の関係も築けます。

しかし、そこに、

・「こうしないと生きていかれなくしてやる」という脅し

・親の抑圧された願望を無意識のうちに叶えさせられる

・こちらは無条件で精いっぱい求め、受け入れているのに、親のほうが勝手に「もう充分してやったでしょ」と愛情を制限してくる

のような場合、こどもはこの世で一番大切な「親」に対して、深い諦めと絶望と虚無感を抱かざるを得なくなります。

この世で一番悲しいことはおそらく、「心から愛する自分の親への絶望や虚無感」かも知れません。

こどもにはなるべくこの種の虚無感からは遠い場所にいて、生き生きと人生を送って欲しいものです。

皆さんに少しでもお役に立つ情報が提供できるよう定期的に更新していきます。

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