自分を無条件に愛せない親は、こどもも無条件に愛することはできない

こんにちは!親塾へようこそ。ここでは、不登校や子育てについての知識を増やし、「なるほどなあ」と思ってもらえる情報を定期的にお送りしています。

今回は、よく言われる「無条件の愛」って何なのか考えてみます。
あ、宗教ではありませんよ(*´ω`)。よく言われる、「親はこどもに無条件の愛を注ぎなさい」という、アレです。

改めて聞くと、「無条件の愛」ってすごい言葉ですよね・・・
歴史上の偉大な宗教家が言うならともかく、現代で普通に子育てのような場面でも使われてるし・・・。そんな愛が注げる人がいるのかな、て思っちゃいます。

▼このサイトの根本的な考え方はここに由来します!

ホ・オポノポノ公式サイト

※このサイトではグーグル広告のポリシーにあるように、自閉症スペクトラムや発達障害などのメンタルヘルス的なことは扱いません。すべて一般論として記事を作成しています。

※反発を感じられたり、怒りを感じられる人もいると思います。そんな場合は、「そんな話もあるんだろうか」ぐらいに受け止めてください。

ブログ村から来られた方々へ。下書き段階の未完成記事がPIN送信されている場合がありますのでお気を付けくださいませ。

こちらの記事はここ7日間のアクセスランキング一位の人気記事です。

「無条件の愛」が自分に注げているかどうかチェック!

管理人は宗教家でも心理学者でもありません。

ただ、毒親育ちだったので、「自分を大切にする」ことをしないと健全に生き抜いてこられませんでした。

ここで、一つ設問を提示します。自分に正直に答えてください。

設問:めっちゃ嫌な人に人前で罵られて、「こいつシんでしまえばいい」と思ってしまったとします。ここで自分の心の反応を見てください。

①こんなことを思うなんて自分はなんてひどい人間なんだろう。この人だって一生懸命生きている、と、人を憎まずに済む方向へ自分の心を持っていく

②あーそうだよね、そう思っちゃうよね、思われて当然だと納得する

③わっひどいこと考えちゃった、と思って慌てて打ち消してその感情を無かったことにする

この三つのうちいずれかだと思います。

予想ですが、日本人の民族的特性として、①のような方向に持っていく人が大多数ではないでしょうか。

その次の反応として、ひどいこと考えちゃった、とその感情を遠くに押しやって無かったことにする人が多い。

でも、これらの反応は、「無条件に愛する」とは程遠い反応で、

人を好意的に見る自分でないと許せない

人を好意的に見られない自分に耐えられない

という非常に強固な「自分を無条件に愛せない」心の癖が表れています。

最も「無条件の愛」に近いのが、②の「そうだよね、そう思って当然だ」と自分を肯定してあげる人です。

▼視野を広げると物事がクリアに見えてくる。

「自分を無条件に受け入れること」の誤解

世の中には、一定の大きな誤解がまかり通っています。

「常に善意でいるほうが生きやすい」「ひどいことを思ってはいけない」「人の悪意ある行動には大人の対応で」

というような誤解です。

あるいは、「ひどいことを考えているのを容認すると、凶暴な人間になって警察のお世話になってしまう」というようなことも。

これはすべて、大きな誤解です。

実際には、「自分の素直な感情を捻じ曲げ、常に善意でないと自分を許せない」という自分イジメが、心を病ませたり、こどもの行動に歪みが表れたり、葛藤を生み出したりしてしまうのです。

そして、「残酷なことを考えて思う気持ち」を無かったものにしたり、抑え込んだりすると、感情がはけ口を求めて却って悪の道に進んだり、無意識のうちに犯罪につながるようなことをしてしまったりする原因になる可能性があります。

そろそろ自分イジメをやめて、弱い自分、暗い自分、残酷なことを考える自分を受け入れて愛してあげてください。

思うことと実行に移すことはまったく関連性がありません。

そして、一度でも心に浮かんだことは、どんなに無かったことにしようとしても潜在意識に刻まれて永遠に心の中に残ります。

どうせ心に永遠に残り続けるんだから、受け入れてしまって、「そういう自分も自分の一部」と思っちゃってあげてください。

まずは受け入れ、認め、意識して手放すことで、心がどんどん軽くなっていきます。

自分と仲良くすること。
一言で言うと、これだけです。これだけで人生が劇的に変わります。
そもそも、心=自分の意志ではありません。心は自分と宇宙を繋ぐ橋であって、そこから湧いてくる感情は受け入れてあげることで、別の美しいものに変容させることができます。

▼「受け入れる」ことは素敵なこと。

こどもが提示してくる問題は「ひたすら受け入れ続ける」のが親の課題

ここで、あらゆることが本当に劇的に変わってくる心の持ち方があります。

自分を愛することが、「自分の心に浮かんだことをすべて受け止めてあげる」ことだとしたら、こどもを愛することも同じです。

「こどもが提示してくる問題はすべて受け止めること」が、結局「無条件に愛する」ことに繋がってきます。

例えば、ですが、

・不登校のこどもを再登校させようとする

・こどもに勉強させて、○○大学に入れる

・こどもに習い事させて、いろいろ身に付けさせる

というような、ビジョンとか目標とか、「こどもに対する願望」のようなものをとりあえずすべて脇に置いて、今現在のこどもをともかく受け止めることに注力してみてください。

こどもに対してどんな感情を持とうと、それを否定せず、無視せず、素直に受け止めてみてください。

受け止めることは、こどもの要求通りに行動するのとは違います。

そもそも、受け止めることは、「行動に移す」こととはまったく別次元のことです。

こどもが不登校になった、暴れる、いじめをした、いじめられた、塾を黙ってサボっていたなど、問題が起きた時に間違った対応として、

・こどもに学校に行かせようとカウンセリングを受けさせたり、フリースクールの資料を集めて面接を受けさせたりして相談しまくり、忙しく動き回る

・イジメ問題で学校にかけあって、先生や校長にまで訴え、学級懇談を開き、保護者に訴えて回る

・塾をサボっていたことを叱り、さらに勉強時間を増やそうとしたり、お金を返せと言ったり、人間関係に問題がある、と断定して他の塾に転塾させる

など、自分の気持ちをすぐ外界に反応させようとしてしまうのは、事態をこじれさせてしまいます。

ほんの少し未来のことも、今考える必要はありません。

こどもが望んでいるのは、まずは受け止めてもらうことです。

親に学校に行かしてもらうことも、いじめをやめさせることも、塾を変えてもらおうとも思っていません。

自分が現状を受け入れられないから、こどもや外界を変えようと働きかけるのは、徒労に終わってしまう可能性が高いです。

スクールカウンセラーに相談したり、心療内科に通わせていますが、それも必要ないと?

もしお子さんが行きたい、というのであればもちろん行かせてあげてください。
ただ、自分の心に問いかけてほしいのは、「こどもの行動で湧いてきた自分の感情や思いを、自分がきちんと受け止めているかどうか」です。ほんの少しでも、「こどもを学校に通わせたいから直さなきゃ」「こどものいじめを親の力で解決したい」という欲望のようなものがあれば、すべてこどもに見透かされてしまいます。

親の役割は「導く」ことではなく、「受け止める」ことです。

▼徹底的に受け身でいること以外に子育てで重要なことはない。

まとめ

親はみんな知っているかも知れませんが、こどもはときに残酷なことを言ったりしたりします。

そんなときでも「無条件に許し、愛してあげましょう」というのは、無条件の愛とはまた違います。

こどもが親に対して酷いことを言ったり、叩いたりしてきた、という場面では、

こどもに対して怒りを感じたり、心底うんざりしたり、嫌だな、と素直に感じ取ること

が先決です。

ここで、無感情になって、あるいは無理に優しく明るい笑顔で受け止めることを自分に課す、というのは、ある種の新興宗教と同じで、まったく人の心の救いにはなりません。

それは、笑顔で受け止めているのではなく、視線を逸らし、ごまかしている、無視している、ということです。

こどもは、そのような親の心の動きを、すべて見抜いています。

ごまかされた、と感じたら、親が自分の気持ちを素直に感じ取るまで同じ行動を繰り返しますし、もっとエスカレートした行動を取る可能性があります。

無条件の愛、ということからは少し逸れてしまいましたが、自分の気持ちを受け入れ無条件に愛せない人が、こどもや他人を無条件に愛することは、不可能かも知れません。

皆さんに少しでもお役に立つ情報が提供できるよう定期的に更新していきます。

にほんブログ村 子育てブログへ
にほんブログ村

子育て

Posted by admin